ことだまのさちわふひ





 1年の最初の祈りはなんですか?




 「あけまして、おめでとうございます」
 オレを腕に閉じこめて、コンラッドがそう告げた。オレから教わったばかりの日本式新年の挨拶を笑顔たっぷりで。ついでにキスをするあたりがアメリカンだけど。
 「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたしマス」
 そう言うと頬がかぁと熱を帯びた。まだ熱いコンラッドの腕から伝わる体温に包まれながら今年もお願いするって言うと、なんだかヘンに意識してしまう。コンラッドはそんなオレの頭をかるく自分に寄せて、髪とおでこの境目に軽くキスをした。
 「もちろん。ずっと離さないよ」
 いや…あの…そういったイミでなく…。だからって離されてもイヤなんだけど。
 「日本は言葉を大切にする挨拶の文化だって聞いたけど、本当ですね」
 「そう?」
 「昔、地球に行ったときに日本に留学したことがある人に聞いたんです。日本では挨拶を大切にすると」
 「あまり気にしたことないけど…」
 「新年の挨拶は本当は会ってするものだけど、会えない人には手紙を出して挨拶をすると話していましたよ」
 「ああ、年賀状のこと。たしかに出すよ。今年もよろしくお願いしますって」
 毎年、間に合わなくて元旦に出しているけど。
 「去年お世話になったことにお礼を言って、相手の幸せを願うんですよね」
 「そこまで考えなかったけど…」
 「神様にも挨拶に行くとか」
 「行くよ、初詣。行った人が心の中で願い事を言うんだ」
 去年のオレは受験に受かりますように、だった。ちゃんと叶ってよかった、よかった。
 「日本は言霊の幸わう国だから、言葉に力が宿る。だから相手に届ける言葉はまじないになるそうですね」
 「へぇ〜。知らなかった」
 日本人だけど初耳。言葉に力があるとは…。でも言葉によっては相手を傷つけることがあるから、確かに力は宿っているかもしれない。
 「コンラッドずいぶん日本のこと知ってるんだな」
 「少しだけです。聞きかじった程度ですよ」
 「こっちにはないの?初詣とか」
 「似たところとしては、眞王廟を拝みますが新年に拝んだりはしません」
 そういえば、前に足を捻挫した時に言われたっけ。眞王に拝むといいことがあるって。
 「後で拝みに行ってみますか?」
 「ん〜…いいや」
 オレはコンラッドの首筋に顔を埋めて答えた。まだオスの匂いが残るコンラッドの匂いを吸い込んで、離れないようにコンラッドごと捕まえる。すると、コンラッドの手がオレの背中にまわる。そこに体温がじんわりとともると、それだけで幸せな気分だ。この幸せは眞王からはもらえない。
 「眞王がいてもいなくても、オレの願いは叶えられないよ」
 「ユーリの願いはなんですか?」
 顔を上げると優しい視線とぶつかる。
 「願いごとは言うと叶わないんだけど」
 「それは残念」
 「オレの去年の願いごとは、叶えられているから言ってもいいのか?受験だったから高校に合格しますようにって願ったんだ」
 「叶ってよかったですね」
 「今年は…どうしよう」
 去年は迷わずに願ったのに、たった一年でこんなに悩んでいる。たった一年で、去年のオレと今のオレは結構違う。王様になったし、婚約者が出来たし、養女もいる。一番の違いは、でっかい恋人が出来たことかもしれない。その恋人は何を願うだろう?
 「コンラッドは願うとしたら、なにを願う?」
 「願いごとはひとつだけですか?」
 「うん。ひとつだけ」
 「言うと叶わないなら、秘密です」
 さっき自分が言った手前、オレは聞きたくても聞けなくなってしまった。
 「眞王陛下が叶えてくれるか、わかりませんが」
 すこし寂しげにコンラッドが呟く。そんな顔させるつもりで聞いたわけじゃない。オレは焦って、思わず言ってしまった。
 「じゃあ、オレが叶えようか?」
 「ユーリが?」
 「あ、でもオレじゃ無理な願いごとだったらどうしよう」
 ギャグのセンスがよくなりますようにとかだったら、オレには手も足も出ない。
 「そんなことないですよ」
 コンラッドはそう言うと、いつもの笑顔で慌てるオレの髪を優しく撫でた。ということは、ギャグのセンスをよくしたいと願ってはいないみたいだ。…でもすこし思った方がいいぞ。まじでサムいから。
 「オレの願いも眞王陛下では叶えられないかもしれません」
 「え?それじゃあ、オレにも無理じゃない?」
 「いいえ、むしろ貴方でないと叶えられない」
 オレじゃないとダメ?
 コンラッドはオレの頭を引き寄せて、耳たぶに軽くキスをした。
 「
ユーリが幸せでありますように
 消えそうなほど小さな言葉がオレの中に入る。それが体の中で溶けて淡く熱を帯びた。
 本当だ、コンラッド。言葉には力がある。今、オレの中でコンラッドのまじないが効いている。
 「願いごとって言うと叶わないって嘘だね」
 温かいコンラッドの首もとに頬をすりよせて、オレはこの幸せな気持ちがコンラッドにも届くように身を寄せる。
 「叶ってるよ、コンラッドの願い」
 コンラッドの目が優しく細められた。
 「コンラッドのまじないが効いている」
 オレの言葉を聞いたコンラッドは、よかったと呟くと、オレのつむじにキスをした。なんだかくすぐったい。
 「オレの願いも…叶うかな?」
 オレはコンラッドの耳に唇を寄せて、オレのまじないも効くように祈った。




 ずっと貴方と幸せでありますように。




−終−


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