薄荷色の恋 1


 「うえー」
 ヴォルフラムにムリヤリ食わされたお菓子のせいで、口の中がものすごく甘ったるい。育ち盛り食い盛りなオレとしては、甘い物よりポテトチップスとかせんべいとか、腹に溜まる方が嬉しいんだけど。そんな炭水化物な菓子は血盟城で食べられなくて、ウチじゃあんまり食べないようなお上品な菓子が出てくる。
 食べ慣れてないっていうこともあるけど、この甘い味が口の中にいつまでも残るのが、実を言うとちょっと苦手だ。まぁ、出されたものは残さず食べる主義だけど。
 しかし、今日の菓子は強烈だった。なんでもビーレフェルト地方の菓子で果物を甘酒で漬けたものなんだとか。甘酒に漬けただけあって、甘さ倍増。しかもメロンみたいな果物が丸ごと出てきて、それを完食させられた。
 「うっ…」
 思い出しただけで、口の中が。オレは誰もいないところでこっそりと食疲れしていた。 「陛下?」
 振り返るとコンラッドが心配そうにオレを覗き込んでいる。
 「どうしました?具合でも悪いんですか?」
 「あー、大丈夫。ちょっと食い過ぎってやつだから」
 オレは出来うる限りの笑顔でそう答えた。ヴォルフラムも同じ甘酒漬けを食べていたのに、オレだけが倒れるなんて格好悪い。
 「食べ過ぎ…ですか?」
 コンラッドはあの甘酒漬けメロンを見てなかったんだっけ。いや、見なくて正解かも。もう見ただけで腹いっぱいになるような量と匂いだったもんな。
 「ヴォルフラムのおみやげ。なんかの果物の甘酒漬けとかってやつ」
 口に出すだけで喉が詰まりそう。うぷー…妊婦さんな気分だ。思わず口を押さえたオレに、コンラッドが背中をさすってくれる。
 「ああ…アレですか…ヴォルフラムと二人で食べたんですか?」
 「そう…こーんなデッカイやつ」
 オレは手のひらで、その大きさを示してみた。するとそれを見たコンラッドが少し眉を下げて笑う。あのな、笑い事じゃなかったんだって。
 「それはそれは…かわいい話ですね」
 「かわいい?!どこが?!」
 予想外のコメントにオレは勢いよくコンラッドの方を向いて、余計に気持ち悪くなった。さっきより気分が悪いかも。オレの頭は甘さでふらつくくらい痺れてきていた。かろいじて立っているオレの耳にコンラッドは近づいて囁く。
 「まずは、陛下。ちょっと失礼」
 「陛下って…ぅわっ!」
 軽く抱き上げられて、オレはびっくりした。
 「おろせッ、つーかなんでお姫様だっこなんだよッ!」
 「この体勢の方が楽なんじゃありませんか?」
 さらっとそう言うと、コンラッドはオレを抱えて庭の方に歩き出した。たしかにラクなんだけどさー…。
 「ご不満ですか?」
 「"お姫様だっこ"されて嬉しい男なんてイマセン」
 「じゃあ、"魔王様だっこ"で」
 真顔で言い返すな、真顔で。ツッこむ気力をそがれたけど、オレはがんばって食い下がってみた。
 「…ドコ行くんだよ」
 コンラッドは抱えたオレをものともせずに、血盟城の造り込まれた庭の奥にまで歩いてゆく。花園を囲むように低い木が並んでいるところを抜けると、城下に茂る森が見渡せる場所にたどり着いた。風が森の木々を撫でるようにかけのぼり、瑞々しく心地よい空気に満ちている。
 「ここらへんでいいですかね」
 そう言うと、オレを抱えたまま木陰に座り込む。コンラッドの長い足と足の間にはまるような格好でオレは抱きかかえられていた。おーい…一体なんなんだよ…。
 「あのー…コンラッド…一体ナニ?」
 よく分からないオレはおそるおそる彼を見た。
 「ここでなら気兼ねなく食休みできますよ。気分が悪いんでしょう?」
 いつもの涼しげな笑顔でコンラッドが答える。
 「ここは風も入るし、気分転換にはうってつけですよ、陛下」
 「陛下っていうな、名付け親」
 「すみません。動くのが辛いでしょうからこのままでいいですか?」
 たしかにあまり体勢とか変えたくない。オレはコンラッドの肩に頭を乗っけた。
 「悪い…コンラッド」
 「かまいませんよ」
 コンラッドの一言でオレの体は、我慢することなく淀むように溜まっている甘ったるい匂いをはき出すと一緒に力も抜けてゆく。しかし、よくヴォルフラムは食いきったよな…アイツも最後の方はあんまり顔色よくなかったけど。
 「なぁ、コンラッド」
 「はい」
 頭のすぐ上から返事がかえってきた。
 「さっき、かわいい話って言ってたけど、あれってどういうこと?」
 「ヴォルフラムの持ってきたお菓子には、噂がありまして」
 ちょっとどこか笑うような気配を含んだコンラッドの声にオレは顔を上げる。
 「うわさ?」
 「ええ、そのお菓子を食べきった相手と幸せになるという噂です」
 「げー。それ絶対にデマだよ。イヤになること間違いないって」
 心底イヤだったし。オレの言葉にコンラッドが笑う。ほんと笑い事じゃないんだってば。あんなのフツー食べきれないっつーの。
 「それは災難でしたね」
 「そーだよ。まだ口ん中甘くて気持ちわるい」
 爽やかな風が慰めるようにオレの頬を撫でる。緑の匂いが甘い香りをかき消すように流れた。
 「それでしたら…これをどうぞ」
 コンラッドはズボンのポケットから紙にくるまれた丸いものをふたつ取り出して、オレに渡す。
 「なに?コレ」
 「飴ですよ。口の中がさっぱりしますよ」
 笑顔でコンラッドはそう言うと、包み紙をむいて、中身を取り出した。白い色をした飴をオレの口へと近づける。それを軽く加えると、唇に触れていたコンラッドの指が離れた。おそるおそる舌の上で転がしていると覚えのある味がする。
 ちょっと辛いようなスースーする味。子どものころ、ドロップ缶の中で絶対に最後まで残っていたヤツ。
 「あ、これハッカだ」
 「向こうにもある味ですよね」
 そう言って、コンラッドは残りの1つを自分の口に放り込んだ。ひんやりとした味がゆっくり燃えるように甘い口の中を慰めてゆく。わざと口から空気を吸い込むと、口の中が凍るような感覚がして、気持ちよかった。
 「気に入ったみたいですね」
 ハッカの息がオレの額をかすめた。くすぐったいようなそれでいて、心地よいような不思議な感覚がじわじわとオレの体を和らげる。
 「でもコンラッドが飴を持ってるなんて意外だな。お菓子とか食べないじゃん」
 「ええ。ヨザックにもらったんです」
 爽やかな風がオレの鼻の頭をくすぐった。
 「ヨザックって、そーゆーのいつも持っていそう」
 「ええ。非常時用のこともありますが、飴とかよく持ち歩いてますよ」
 そよぐような風に混じってハッカの匂いした。それに誘われるように見上げると、コンラッドのやわらかい笑顔があって、その後ろに緑が揺れている。風にすこし揺らされた梢や緑の間からキラキラと太陽の光が瞬くようにきれいだった。
 コンラッドの唇がオレの額に触れて、離れた時風がオレの髪を撫でるように通り過ぎた。心地よい時間の中で、コンラッドが近づいてきたので目を閉じる。
 体の中にハッカの味と匂いがしみ入るように広がった。
 「オレさ、実はハッカ苦手だったんだけど、けっこう好きかも」
 「それはよかったです」
 だいぶ体はラクになったけど、オレはずっとコンラッドの腕の中で彼に寄りかかっていた。


−終−

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