長男次男三男坊! 1 | |
夜だというのに、血盟城はなにか静かにざわめいていた。いつもより見張りの数が多い気がするし、たいまつの数も心なしか多い。 「仕方ないか…」 祭りのような雰囲気にウェラー卿コンラートは、少しだけ苦笑いをこぼした。非公式ながら新王の出現は、城内の空気を変えようとしている。前王の時代の苦しみがまだ生々しいものであるからかもしれない。しかし、その新王もまだ15歳。即位しても苦難に満ちた道のりであることは確かだった。 歩きなれた長い廊下をぬけて、目的のドアの前にたつとその隙間からあかりが淡くこぼれている。控えめにノックすると、内側からくぐもりながらも低い声が答えた。 コンラートが中に入ると、フォンヴォルテール卿グウェンダルは、夜だというのに決済予定の書類をきまじめに処理していた。 「なんの用だ?こんな夜更けに」 渋い声で答える相手だが、いつもこんな口調なので嫌がってないことは長年のつきあいでわかっている。 「どうせ起きているだろうと思って、コレをね」 かかげた片手には酒瓶がつるされていた。 「久々にどうかと思って」 さわやかに笑いながら、晩酌に兄をさそってみた。 「こんなところにいていいのか?」 グウェンダルはグラスの中の琥珀色の酒をあおる。空になったグラスへコンラートが新たな酒を注いだ。 「ちゃんと陛下の寝所の前には見張りがいるよ」 「陛下か…」 グラスの中の酒がゆらりと揺れた。 「あれは…本当に15なのか?」 昼間見た新王は、まだ子どもの匂いのする少年だった。黒い瞳が明るく輝き表情がころころとかわる少年。 「確かに15歳だよ。出産にも立ち会ったから間違いない」 「立ち会ったのか?」 「別に分娩室まで入ってないけどね。ちょうど産気づいた陛下の母上を病院まで連れて行ったから」 この弟なら笑顔で一緒に分娩室まで入って行けそうだとちょっぴり思ったが、グウェンダルは黙っていた。 「新王にしては幼いが、15歳にしては…でかくないか?」 「たぶん陛下の母上が人間だから成長のスピードが早いだけじゃないか?」 コンラートのグラスにグウェンダルが酒をそそぐと、勢いよくそれをあおる。 「…お前の子どものころと比べると大きいような気がしてな」 「オレは12歳くらいまでは、ほとんど人間とかわらなかったから」 個人差ってやつだよと、コンラートが柔らかく笑う。 「そんなものか?」 はじめて会った時のコンラートはまだまだ幼い子どもだった。母に引き合わされて会ったとき、目くてちょっとびっくりしたことを覚えている。驚いて無言のまま固まっていた自分の手を取り、母はやさしくたしなめた。 「グウェンダル、間違いなくコンラートはこの世でただ一人の弟よ。仲良くしてやってね」 仲良く…といってもどうしていいかわからない。とまどいの方が大きかったというのが正しいだろう。いきなり弟が出現してしかも人間なのだ。 母はそんな息子の繊細な機微をすっかり無視して、弟の頭を撫でている。 「ほんとコンラートの髪は父親譲りね。やわらかくて、ふさふさ」 ほら、グウェンもなでてみなさい。そう言ってコンラートをグウェンダルの前に押し出した。ゆっくりと手を挙げて頭の上にのせると、弾力のあるやわらかい感触をしていた。髪の毛が手を動かすと指の間をさらさらと逃げてゆく。 視線を感じて見ると薄く色づいた頬をまるくして「弟」がほほえんでいた。くすぐったそうに、銀が散った目をすこし細めて。 「かわいいでしょ?」 母がそうほほえむ。そして、この世でただ一人自分と血の繋がった「弟」はグウェンダルに笑いかけていた。 「あっちにゲーゲンヒューバーやデンシャムやアニシナがいるんだ。一緒に遊ぼう」 グウェンダルがそう言うと、コンラートは大きく頷いて喜んだ。そして、自然と弟の手をとり、走り出していた。最初、みんなコンラートが人間だということでびっくりしたが、遊んでいるうちに忘れてしまっていた。日暮れにはすっかり仲良くなって、また遊ぶ約束もしていた。子どものころは、人種の違いなんてそんな程度だった。 グラスの酒を小さく揺らす。なめらかに揺れて、やがて穏やかに静まった。 あれからもう100年近く経つ。目の前の弟はすっかり精悍な面構えになって、丸かった頬はもうない。髪は…どうだろう。 ぽん。 「な、なに?」 くしゃとひと撫でするとさらさらと指の間を髪の毛が流れた。 「でっかくなったな…」 「…そりゃどうも」 かるく笑うとグラスをかかげた。チンと小さく鳴くと、それは夜にとけて消えた。 -END- ヴォルフは次回にでも… |