長男次男三男坊! 2



 第27代眞魔国魔王陛下の戴冠式は、当の本人が眞王の滝に飲み込まれて失踪という前代未聞の結末で終了した。王佐・フォンクライスト卿ギュンターは、眞王廟に即刻使者を派遣したが「眞王陛下の御心ですので」と返答され、心痛のあまり倒れ込んでしまった。
 事態はともかく、十貴族の面々の目前で、シブヤ・ユーリは眞王の認める魔王として、その熱い祝福を受けたということで落ち着いた。
 しかし、まだ城内は混乱と興奮の冷めやらない。その喧噪から逃げるように、コンラッドはグウェンダルにあてがわれている執務室の窓から、十貴族の面々がそれぞれの領地へと帰る姿を見つめながらため息をこぼした。
 城内のざわめきが籠もったような部屋の空気を逃がすように窓を開けると、涼しい風が頬を撫でる。
 まぁいい…これが始まりだと思えば、待つのは苦ではない。
15年待ったことを思えば、次に会える時が楽しみでしかたない。まだ大人にならず、子どもの面影をもつ少年だった。彼のまっすぐな瞳を思い出すと自然に笑みがこみ上げる。そんなコンラッドを風がなだめるように吹いた。
 「まったく…前代未聞だな」
 いつものように。いや、いつも以上に眉間にシワをよせて、グウェンダルが部屋に入ってきた。
 「まぁ、仕方ないさ。眞王陛下の御意志だからね」
 コンラッドが窓を閉じると、駆け込むように嵐が部屋の中へと飛び込んだ。
 「なにをのんきな!ユーリはこの国の王なんだぞ!」
 ヴォルフラムがコンラッドの言葉にかみつくように反論をすると、次兄は肩をすくめた。 つい先日まで「こんなヤツ、王とは認めない」とごねていたのが嘘のように、末弟は親王派になってしまった。
 「この国の王にするために呼び寄せたのではないのか?なのに向こうへ帰すとはどういうことだ!」
 白い頬を真っ赤に染めてヴォルフラムは、まくし立てた。
 「とはいえ、元々あちらで成人するまでお過ごし頂く予定だったのが、こちらの都合で早く就任させたわけだし…」
 「早かろうと、遅かろうと、ユーリは国王なんだぞ!第一、僕の婚約者でありながら、異世界に帰るとはどーゆーことなんだ!」
 …ポイントはそこか。
 グウェンダルとコンラッドが心の中で意見の一致をみた瞬間、部屋のドアが大きく開け放たれた。
 「ねぇ〜、どうかしらv」
 振り返れば、深紅のサテンのドレスをまとった美女が、昼間にはまぶしいほどの艶姿でポーズを決めている。その胸元は深くえぐれ、谷間がばっちりと遠くからでも確認できるほど露わで、背中はほぼ全面が現れており、足の付け根附近にまで入ったスリットで曲線美がむき出しになっている。もはやドレスは申し訳程度にその肢体を隠しているという悩殺スタイルだった。
 「は………母上?」
 前魔王陛下にして上王陛下であるフォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエのあられもない格好に、癇癪を爆発させていたヴォルフラムも鎮火した。夜会だって、こんな格好はまず見られない。
 「な、なに?…似合わない?」
 おかしなところでもある?と言いながらツェリは背中や下を見ようと動く。そのたびにこぼれそうな胸が震えた。
 頼むから、あまり動かないでくれ。
 たぶん、三兄弟82年の歴史の中で気持ちが揃った初めての瞬間だ。あまり感動的でない意見の一致をみたところで、ツェリを止められるわけではない。
 「そ、そんなことはないですよ。母上」
 慌てて口を開いたのは末弟だった。母に歩み寄り、慌てる彼女の腕をそっとつかむ。
 「ホントに〜?」
 ツェリは、ちよっぴり拗ねたように答えた。外見は熟女でも中身は少女のままだ。すぐに褒められなかったのが気にくわなかったらしい。
 「本当ですよ。そうですよね、グウェンダル兄上」
 ヴォルフラムは慌てて長兄に話を振ったが、『女性を褒める』というスキルをまったく持ち合わせていないグウェンダルは押し黙ってしまった。
 似合っていると言えば、似合っているが、自分の母があられもない格好をして嬉しいかといえば嬉しくない。だいたい年甲斐もないではないか。
 そう思っていても、女性の機嫌を損ねず、そこをうまく伝えるなどという高尚なテクニックを持っていれば、彼はすくなからず跳ねっ返りな幼なじみの実験体にはなかったであろう。
 そして、そんなグウェンダルに出来たことといえば、
 「………………………………………………………………ああ」
 たった一言を1分かけて言うくらいだった。
 「やっぱり似合ってないのね?」
 しかし、それがかえってますます女性の機嫌を損ねるということを知らなかったのは、グウェンダルの失敗である。ツェリの目が潤みはじめ、口がへの字に変わった。
 「似合わないなら、『似合わない』って言ってくれればいいのにっ」
 そう言ったら、ますます手が付けられなくなるだろうが!という言葉を長兄はぐっと飲み込んだ。自分の美しさを探求する母に言ってはいけない言葉がいくつかある。第1位は「年増」、第2位が「おばさん」、第3位が「似合わない」だ。ここを間違えると、とてつもなく恐い未来が前途に広がることを経験で知っている。
 「ひどいわっ」
 そろそろ危険水域だ。感情の高波が全てを飲み込もうとした瞬間、コンラッドが口を開いた。
 「似合わないなんてことないですよ、母上」
 本当にそう思っているかはともかく、いつものようにさわやかな笑顔で、泣きかけたツェリの手をさりげなく握った。
 「…………………………………本当に?」
 「えぇ。ただいつもの母上と違う姿だったから、みんなびっくりしてしまったんです。このドレスはどうされたんですか?初めてみますが…」
 優しい次兄の言葉に、ツェリは涙をぬぐいながら答えた。
 「ええ、そうよ。今日のユーリ陛下の祝賀パーティのために作らせたんですもの」
 「それは…」
 あの純朴な陛下がみたら、目のやり場にものすごく困って逃げ出したかもしれない。それはそれで見たいような気持ちがする。
 「陛下もさぞ母上のこのお姿を見たかったと思いますよ。しかし、母上、祝賀パーティは延期になりました」
 「えぇ〜!?なんで?せっかく楽しみにしていたのにぃ〜」
 ツェリは、残念な知らせを告げた次男ではなく、長男をにらみつけた。
 「仕方ないでしょう…肝心の陛下がいなくては」
 咳払いをしてグウェンダルが答えると、拗ねた子どものように頬を膨らませた。
 「母上、パーティはユーリが戻ってきたら行われますから…」
 「いつ戻ってくるの?」
 ヴォルフラムの言葉に、ツェリが子どものような問いかけをする。
 「それは…」
 いつと聞きたいのは、むしろ自分の方だ。
 「それは眞王陛下のお決めになることですが、そう遠くないと思いますよ」
 末弟の危機を救うように、コンラッドが言葉をつなげた。
 「本当?」
 「ええ。いつかは判りかねますが、陛下が王座に就いた以上1年も10年も不在というわけにはいかないでしょう?」
 コンラッドは小さな子どもにでも諭すように母に諭す。
 「そうよね…じゃあ、次に陛下がいらっしゃったら、パーティをするわよね?グウェンダル?」
 「ええ」
 「約束よ!」
 長男の言葉にツェリがはしゃぎだした。泣きかけていたさっきが嘘のようである。そんな母にヴォルフラムが前へ進み出て、強く念をおすように言う。
 「言っておきますが、母上。ユーリは僕の婚約者ですよ!」
 「あら?ヴォルフラム、結婚したわけじゃないんだから踊るくらいならいいじゃない。あんなにかわいい陛下を独り占めしたらバチがあたるわよ。ね?コンラッド」
 これがひとりの男をめぐる母子の会話だとは思いたくない。しかも次男を巻き込んでの争いへと発展しつつある。長男として止めたい気持ちが強かったが、グウェンダルにはそれを成す術がなかった。不甲斐ない兄を許せと心で詫びるのが精一杯だ。
 そんな兄の心情も知らず、コンラッドが冷静に母に問いかけた。
 「陛下と踊られるんですか?ならすこし裾を切った方がいいかもそれませんよ?」
 「え?どーして?」
 「ほら…こう踊るとなると…」
 コンラッドはツェリの手を取り、軽く母と組んでステップを踏んだ。ふたりが執務室の中をくるりと踊ってまわる。優雅な動きで、それはまるで滑るようになめらかな踊りだった。その優美な情景にヴォルフラムも思わず言葉もなく見とれた。
 「あっ」
 ツェリの動きががくんと止まる。自分のドレスの裾を踏んでしまったのだ。
 「いや〜ん」
 「ほら、踏んでしまうでしょう?たぶん相手も母上の裾を踏んでしまう可能性が高いですよ」
 「このカタチ気に入っていたのにぃ」
 ツェリは惜しむように裾を見つめた。そんな母の手をとって、コンラッドがさわやかな笑顔を向ける。
 「そんな…裾が短くなったからって、母上の美しさは損なわれませんよ。それにその靴もこのドレスに合わせているから、見えた方がかわいいですよ」
 「いやん、コンラートったら。女の子みんなにそんなこと言ってるんでしょ」
 ツェリが照れるように頬を赤らめて、コンラッドを揶揄する。しかし、すっかり気をよくしたツェリは、裾をすぐに直すと言って出ていった。
 嵐が過ぎ去った部屋の中は、なんとも言えない空気で満ちていた。ツェリのこともだが、口から生まれたかのような、コンラッドのさわやかなタラシっぷりをヴォルフラムは初めて見た。
 たしかに人から『ウェラー卿は女性に人気が高い』とは聞いていたが、こんな風に接しられたら大概の女性がときめくだろう。さわやかな笑顔にあまい言葉。今はそれに助けられたが、他でやったらただの女ったらしだ。
 コンラッドはツェリが消えた扉の向こうをしばらく眺めていたが、ため息をついて振り返った。
 「あまりの事態にびっくりして、思わず言葉が出なかったよ」
 よくもあれだけ言っておいて言葉がないとはどういうコトだろう……つまり、いつもならもっとうまいことでも言えたというのだろうか?
 すくなくとも、本人は、まったく無意識にそれを行っているらしい。
 重苦しい無言の室内でヴォルフラムが呟く。
 「…………………………………このお調子者」
 「え?なんで?」



-END-




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