長男次男三男坊!3(雑話)


 血盟城の午前は普段静かなものだ。しかし、その日は執務室からフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムの大声が響いた。
 「このへなちょこ!」
 「へなちょこ言うなー!」
 お決まりの台詞を言うと、ヴォルフラムはわざと大きな音で扉を閉めて出ていった。
 「なんだよー…いいじゃんか、朝から働いているメイドさんに『おはよう』って言っちゃいけないのかよ。挨拶は人生の基本だぞ」
 「ヴォルフラムが怒っているのはたぶんそこじゃないと思うんですがね」
 釈然としない有利にコンラッドが微笑む。
 「じゃあ、どこなんだよ。アイツ『メイドにへらへらと挨拶するな』って言ったんだぞ」
 鼻息にも似たため息をつく有利にコンラッドがお茶を差し出した。ちょうど午前のお茶の時間に近い。
 「へらへらってことか?つーか『おはよう』って言っただけだぜ?たった4字言っただけで、へらへらした顔していたか?」
 両手で頬を支えて、有利は真剣に考えている。そのかわいらしい様子と方向違いの思考がおかしくて、コンラッドは笑ってしまう。
 「なんだよー!ひとが真剣に考えているのに」
 むくれた顔もかわいいが、根に持たれたら後で困るのでコンラッドは素直に謝った。
 「すみませんでした」
 「ヴォルフラムはたまにワケ判らないことで怒るんだよなぁ…コンラッドも見てないで止めろよな」
 「本当にすみません」
 「あれで本当に82歳なワケ?」
 人間82歳になったら、人生経験が豊富で少しは物事に動じたりしないだろう。例えば、メイドに挨拶したくらいでは怒らないはずだ。
 「たしかに82歳ですよ。わがままな弟ですみません」
 「ほんとわがままプーだよ…ん?なぁ、コンラッド」
 清々しい香りと温かい湯気が、苛立つ有利の顔をゆっくり撫でてなだめた。
 「なんですか?」
 「ヴォルフラムはなんで"プー"って呼ばれてんの?」
 ヴォルフラムのあだ名にしては、名前のどこにもプなんて文字はない。
 「ああ…自分で言ったんですよ。ボォルフラプ〜って」
 「ボォルフラプ〜ぅ?」


 それは、まだヴォルフラムが7歳になる前。幼い頃だった。
 ツェリはすでに魔王だったが、可能な限り息子のために時間を割いていた。幼いヴォルフラムを膝の上に乗せて、本を読んだりすることもあった。
 「本当に幼い頃の私そっくりvかわいいわね、ヴォルフ」
 「ははうえ〜」
 ツェリはよく末弟をそう褒めて、ほおずりをしていた。このころになると、ヴォルフラムはいろいろとしゃべり出すようになり、かわいさもひときわだった。
 「ヴォルフ、自分のお名前を言える?」
 「ぼるう」
 まだ舌っ足らずの声で、ヴォルフラムは一生懸命に答える。
 家族はみな彼のことを「ヴォルフ」と呼んでいたので、どうやら自分の名前は「ヴォルフ」だと思っていたらしい。
 「ヴォルフラムよ」
 「ぼるふらう?」
 「ヴォ・ル・フ・ラ・ムッ」
 「ボォルフラ…」
 ちょっと音は違うがほぼ同じ言葉だ。ツェリは最後の一言をヴォルフラムに合わせて口にした。
 「ムッ」「プッ」
 …違った。
 「違うわ、ヴォルフ」
 ツェリは残念がったが、それがヴォルフラムにはおもしろかったらしい。
 「ボォルフラプ〜ッ、ボォルフラプ〜ッ」
 キャッキャと声を上げて、ヴォルフラムは何度も間違った自分の名前を繰り返す。ちゃんと名前を言えるようになったのは7歳の誕生日を過ぎてからしばらく経ってからだった。


 「そんなワケで、プーなわけです」
 にっこりと微笑んで次男が昔話を終えるころ、有利のカップはすっかり空になっていた。そこにコンラッドがゆっくりとまたお茶を注ぐと、やわらかな湯気が立ち上る。
 「うわ〜。子どものころの失敗って、本人にはいたたまれないよな…だから"プー"って呼ばれると怒るのか」
 「それが間違いだと判る前はプーって呼ぶと喜んだんですが…まぁ、むくれるとよく頬を膨らませたのでプーだとも言われてます」
 「そりゃ、怒るな」
 ちょっとヴォルフラムに同情する有利に、コンラッドが爽やかな笑顔を向けた。
 「ええ。でも、ヴォルフラムは怒った顔が1番かわいいんですよ、ユーリ」


−終−

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