今日からネのつく自由業?7(余話1)


 バタンッ!
 「…はぁ〜…」
 フォンヴォルテール卿グウェンダルは、食事を中座する形で部屋に戻ると、肺の中からたまっていた空気をすべてはき出すようなため息をついた。
 「まったく…」
 眉間を軽く押さえて、やりきれない感情を押しとどめた。しかし、先ほどの光景は目の毒だ。艶やかな黒毛に大きな黒い瞳の子猫。それが、グウェンダルを見つめて…小さく首を傾げたのだ。
 「うっ…」
 かわいい…。いや、冷静に考えろ。
 グウェンダルは拳を握って己に向かって語りかけた。
 アレは小僧だ…いや、魔王陛下だ。落ち着け、落ち着け、外見は子猫ちゃんだが、中身はアレだ。中身は魔王の自覚の薄いあの少年だッ!
 「はぁ〜…」
 地を這うようなため息をつくと、少しだけ落ち着いた。そう、こんなときこそ精神統一だ。
 グウェンダルはゆっくりと机に近づき、引き出しに手を掛けようとした瞬間、勢いよく引き出しが動いた。赤い髪がひるがえるように飛び出すと、眞魔国三大悪夢のひとつであるフォンカーベルニコフ卿アニシナが、両手になにかを掲げてグウェンダルの前に降り立った。
 「グウェンダル、あなたがお探しなのは、この微妙に不細工なクマもどきのネコのあみぐるみですか?それとも命の次に大切にしているこの編み棒ですか?」
 どっち、というより両方ともグウェンダルのものだった。
 「アニシナッ!いつの間にそれを!」
 グウェンダルが慌てて取り上げた。
 「なんですか、みっともなく慌てて。私のクローゼットに落ちていたのを拾って差し上げましたのに、礼のひとつもないとは」
 「そ、それは済まなかった…」
 しかし、机の引き出しとクローゼットの空間をつなげたのはアニシナであって、グウェンダルの責任ではない。だが、アニシナの言うように、とっさのこととはいえ、みっともなく取り乱したのは事実だ。
 「まったく貴方ときたら…陛下のネコ姿にすっかり魂でも抜かれたのですか?まぁ、確かにかわいい子猫でしたが」
 「うっ…」
 「しかし、その陛下の愛らしさがまったくと言っていいほど、ちっとも表されていない編みぐるみですね」
 「ほっておいてくれ」
 編みぐるみの師匠は弟子に厳しい。
 「とはいえ、これは美意識の問題。指摘されたからと言って簡単に直せるものではありせん…よろしい。グウェンダル、あなたのために世にも画期的な実験に参加させてあげましょう!」
 アニシナは高らかにそう宣言すると、引き出しの中に手と上半身を入れた。逃げるなら今のうちだとグウェンダルが足を引いた瞬間、アニシナが引き出しの中からなにやら箱を取り出して机の上に置く。
 「はないちもんめく〜ん!」
 「はない…ち?」
 「これは内職に励む経済的に厳しい家庭のために開発された内職お助け機械です」
 「内職?」
 「そのとおりです。ちまちました内職仕事は生産量でその賃金が決まっているもの。数多くの製品をすばやくかつ正確に生産するという画期的な機械です。さらに魔力の弱い者のために補助動力として強力な磁石を装備している親切設計。さらに握りやすいように手袋も付いてます。」
 それは美意識とまったく関係ないのでは…というツッコミをする前に、アニシナが強い力でグウェンダルを椅子に座らせる。そして、箱の中に据えられた棒のような取っ手を握らせると、それを固定するように拘束具をはめた。
 「さぁ、グウェンダル。魔力をこめて取っ手を勢いよく回しなさい」
 「ちょっと待て、アニシナ。これと美意識とどう関係するんだ?」
 グウェンダルが食い下がると、アニシナがきりっとした眉をわずかにひそめた。
 「このはないちもんめ君は、造花製造器なのです。精巧に造られた花を愛でることで、あなたの美意識を高めようという私の心づかいがわかりませんか?」
 「なるほど…」
 ならば、ふつうに花や絵画を愛でるほうがいいのではないかと思うより早く、アニシナの指が箱の上部にあるスイッチの上に置かれた。
 「さっ、そうとわかればさっそく。始動!」
 箱がブンッと鳴るように小さく揺れると、取っ手がなにもしなくても勢いよく回り出した。

 数分後、血盟城の一画にフォンヴォルテール卿の悲鳴のような叫びが響いたという。


−終−

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