死せる世界の涯で6(余話)


 「失礼いたします」
 へ?失礼?
 コンラッドはそう断ると、オレを横抱きにして持ち上げた。
 「ちょッ…たんま!待てって。なんでお姫様だっこ?!」
 「暴れると落ちますよ…ッ」
 オレは激しく抗議して、あやうく落ちかけてコンラッドの首にしがみついた。
 「落ちたら大変ですからね、そのまま俺につかまっていて下さい」
 「歩けるって…」
 ちょっと食い下がってみたけど、ちょっぴり固い声が返ってきた。
 「体重を掛けない方が足にいいですから。寝室に着いたらすぐに下ろします」
 寝室…寝室って…新婚のお嫁さんじゃあるまいし。
 オレの困惑をよそに、コンラッドがオレを抱きかかえたまま廊下へと進んでいく。通りすがりのメイドさんが、だっこされたオレに恭しく頭を下げる。オレは恥ずかしくって、顔を背けた。
 背けた視線がコンラッドの横顔とぶつかる。かっこいい男は横顔もきりっとしてかっこいい…いいんだけど、ちょっと表情が固い気がする。
 「コンラッド…どうしたんだよ?」
 「なにがですか?」
 歩いてゆく先だけをまっすぐ見つめて、コンラッドはオレを大事そうに抱えて歩いてゆく。
 「なにがって…変だぞ?なんか」
 「変ですか?」
 「なんだか、あんたらしくない感じだ…余裕がないっていうか…そんな感じ」
 「らしくないですか?」
 なんだかちょっと傷ついたような弱い声だし。
 「あなたが殺されかけて怪我したら、余裕なんてないですよ」
 あ。オレってば暗殺されたんだっけ。
 「そういや、コンラッドにお礼言ってなかった。ありがと」
 「それが俺の仕事ですから」
 「それでも、やっぱ命を守ってくれたし。ヘタしたらコンラッドだって怪我してたかもしれないだろ?それなのに守ってくれたんだから…ありがとう」
 「あなたになにかあったら…俺は相手以上に自分を許せません」
 オレを抱える腕にきゅっと力が入る。なんだか神経質になっているみたいだ。
 しっかし、このシュチエーション。女の子だったら、ときめくだろうな。かっこいい男が、自分を守ってさらに抱き上げるんだもんな。西部劇のヒーローかスーパーマンみたいな感じだ。
 しかも自然に抱き上げてたぞ?…ってことは、結構お姫様だっこの経験があるってこと?
 それはどんな相手だったんだろう?やっぱ好きな人かな?ひょっとしてジュリアさん?
 コンラッドが歩くたび、青いペンダントが揺れてオレの胸をノックするみたいに叩いて、それがちょっと痛かった。
 「陛下」
 オレの視線に気づいたコンラッドが振り向いた。銀色の光彩が散らばった琥珀の瞳とまともにぶつかって、オレは息をのんだ。
 「下ろしますよ」
 「お…おぅ」
 いつのまにかオレはベッドのところまで運ばれていた。コンラッドがゆっくりとオレをベッドにそっと横たえるように下ろす。屈んだコンラッドが、オレの上に覆い被さるような体勢になった。
 ふわっと鼻先をコンラッドの匂いがかすめる。コンラッドの、というか洗濯した清潔な衣類の香りだった。それだけなのに、オレの顔はかぁと熱くなった。
 うぅ…やっぱ新婚さんみたいで、ものすごく恥ずかしいんだけど。メイドの女の子が氷と水が入ったボールとタオルを持ってきて、コンラッドに渡す。
 コンラッドは手早くタオルを氷水に浸して、固く絞った。そして、オレの足の上にタオルを乗せる。足はひんやりとして冷たいのに、オレの顔はまだ熱っぽい。
 「どうかしましたか?顔が赤いですね」
 心配げにそう言うと、コンラッドが手を伸ばす。たったそれだけのことで、オレの心臓は跳ね上がった。
 「いや、その、なんでもないからっ」
 コンラッドにお姫様だっこされて、新婚さんみたいで恥ずかしいとは、さすがに言えなかった。
 心配したコンラッドの手がオレに触れる時、逃げようとして体が無意識にのけぞる。だけど、オレのむなしい抵抗は、ベッドのスプリングに阻まれた。ひんやりとした手がオレの熱に触れる。ばくばく動く心臓の音が耳の奥に響いて、コンラッドにも聞こえるんじゃないかと、オレは焦った。
 「すぐによくなりますから。安心して下さい」
 病気の子どもにでも言い聞かすようなやさしい言葉がすぐそばから降ってきた。穏やかな目が守るようにオレを見つめる。
 「あんたも安心しろよ。オレは有能なボディーガードに守られて無事なんだから」
 冷たくて気持ちいい手がオレの熱をゆっくりと下げていく。オレは吸い込まれるように目を閉じた。
 「ユーリ?」
 さっきよりもずっと、コンラッドらしい声が優しくオレを呼ぶ。
 うん。やっぱりさっきよりこっちの方があんたらしいよ。

 それと、コンラッド今笑ってるだろ?
 オレは見えなくってもちゃんと判るんだから。


−終−

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