死せる世界の涯で8(余話)


  「なー、帰りはオレ前に乗っていい?」
 山から下りる前、オレはコンラッドにそう言ってみた。だって、せっかくの風景だから一番いいところで見てみたい。
 「いいですよ」
 コンラッドは快くそう言ってオレをノーカンティに乗っけた。
 「すげー、やっぱいい眺めだな〜」
 もう何度もノーカンティに乗るけれど、大抵コンラッドの後ろだから視界のほとんどはコンラッドの背中だ。それが今はまったくない。広くて高い視界は見晴らしがいいし、木の枝が間近で手を伸ばせば低い枝まで手が届く。そんなオレに微笑みながらコンラッドが声を掛けた。
 「行きますよ」
 後ろに乗っているコンラッドが手綱を引くと、ノーカンティがゆっくりと動き出す。緑のトンネルみたいな道を静かに下る時、コンラッドの手がオレの腰を回って抱き寄せるような格好になった。
 「コ…コンラッド?」
 「失礼。でもこうしないと落っこちますよ?」
 思わぬ行動に焦るオレの耳の間近にコンラッドの声がした。声と一緒にこぼれる息が耳をかする。
 ひーっ。
 ぞくぞくっと悪寒みたいな感覚がオレの中を走る。そして心臓がばくばくと動く音が耳にまで聞こえてきそうなほど派手に鼓動を刻む。
 なんでこんなにいたたまれないんだ、オレ?なにも恥ずかしいことをしているわけじゃないだろ、オレ!
 コンラッドはオレが馬から落ちないように支えてくれてるだけだって。そーだよ、親切じゃんか!まぁ…見た目には麗しくないけどな。男と男がひっついてるんだし。
 ノーカンティの蹄の音より早く、オレの心臓が動いている。こ、この山道ってあとどれくらい?早く下りてくれないと、オレの心臓がもたない気がするんだけど。
 コンラッドの腕が触れているところがじんわりと汗ばむ。熱がそこにだけ集まっているみたいだ。ダウンジャケットのおかげで、コンラッドにはばれないことにオレはなぜかホッとしていた。
 なんか…行きより長い道に感じるんだけど。行きは行きでいたたまれなかった。だって馬で来ているのはオレ達だけだったし。みんな歩いてていいなぁって思って羨ましかった。今も羨ましいんだけど、別の意味で。
 もはや風景を楽しむとかってレベルじゃなくなってきた。そよぐ風が涼やかな葉ずれの音を奏でているんだけど、今のオレはそれを楽しむどころか、ざわめきのようにしか聞こえない。体の中のこの感覚が聞こえるみたいで、ものすごく落ち着かない。
 あ。
 山道の終わりのあたりで、さっき展望台でオレに声を掛けてきたおばさんの後ろ姿が見えた。山道アイテムの杖を軽くつきながら、仲間と一緒に下りている最中だった。
 おばさんにノーカンティが近づくと、蹄の音に気付いたのか振り返った。
 「あれ?さっきの坊や」
 「さっきはどうも」
 おばさんにあまり気付かれないようにオレはフードを直した。
 「眞王廟に祈ったかい?願いを叶えてくださるといいね」
 「…はい」
 オレは結局なにも祈ってないけれど、おばさんの厚意を無にしたくなくてそう答えた。おばさんはにっこり祈ると、コンラッドを見る。背中越しにコンラッドが会釈したのを感じた。
 「いいねぇ、優しい恋人がいて。あまり仲良くしていると眞王様がヤキモチを妬くかもしれないよ」
 はい?
 おばさんの言葉にその仲間が違いないと言いながら笑う。
 あ、あの〜オレ達、男同士なんですけど。
 そうツッこむ隙もないくらいおばさん達はにこやかに笑っている。ひとしきり笑うと、オレに向かって微笑んだ。
 「それじゃあね、お幸せに」
 おばさんは勘違いしたままオレ達を祝福して歩き出した。ノーカンティがおばさん達をゆっくりと追い抜いて、街道を歩き出す。すると、コンラッドの腕がするりとオレの腰から離れた。
 急に離れたから、今まで触れていたところが冷たい空気にさらされたみたいに冷えて寂しくなる。あったはずのぬくもりが消えてゆくのがなんだかもったいなくて、オレは思わず振り返った。
 「どうしましたか?」
 コンラッドは何事もなかったような顔でオレを見た。オレだけなのかな?こんな風に思ったりするのは。
 温かだったぬくもりが無くなって驚くのは、やっぱ子どもだからなのか?
 「なんでもない」
 オレはコンラッドから視線を外して、また前を向いた。やっぱり早く大人になりたいかも。ちょっとのことで動揺しないような大人に。
 まだ見えない道の先の方を眺めながら、そんなことを思っていたら、オレの頭の後ろからコンラッドの小さな声がした。
 「大丈夫。もう腕を離したからからかわれることはありませんよ」
 言われたことが一瞬解らなくて、オレはまた振り返った。
 「え?」
 「温かかったのに離れたのはちょっと残念なんですが」
 そう言って、コンラッドの眉が少し下がる。その顔見ていたら、なんだか嬉しくなってきた。
 なんだ。オレだけじゃないんだ。
 オレは妙に嬉しくなって、背中をコンラッドにあずけるようにして寄せた。
 「ユーリ?」
 「ひょっとしたら、オレ寝ちゃうかもしれないからさ。ちゃんと掴まえといてくれる?」
 フード被ってるからコンラッドの顔なんて見えないけど、オレにはコンラッドがどんな顔してるかすぐに解った。
 「ええ。いいですよ」
 もう一度コンラッドの腕がオレの腰のあたりにまわされる。さっきよりしっかりと抱き寄せられて、背中と腕からコンラッドの優しい温かさがオレを包んだ。
 大人でも子どもでも変わらないものがあるのかもしれない。というかあんまり違わなかったりして。
 道の向こうに見えてくる風景をコンラッドと一緒に眺めながら、オレはのんびりとそんなことを思った。


−終−

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