美しい人、ここにいて(余話)


 「待ってください。陛下」
 「陛下って呼ぶな、名付け親」
 振り返った顔はまだ色づいたままだ、まるで桃のようだと思いながら、コンラートは土手を登る。
 「ついクセで。ユーリ、ひとりで歩くのは危険ですから」
 そこで待ってて下さいというと、有利がちょっぴり恨めしそうな顔をした。居心地の悪い、というかバツの悪そうな顔だ。
 「あ、待って。コンラッド」
 もうすぐ土手を登り切るというところで、コンラッドは有利に止められた。ほんの30センチくらいの距離で、有利はコンラートの顔に両手を伸ばした。
 「ちょっと待ってて。頭に付いた花びら取るから」
 「そんなに付いてますか?」
 「まぁ…ね。ごめんな、コンラッド。ちょっと頭下げて」
 有利の手がコンラートの髪にかすかに触れる。腕が動くたびに花びらが名残惜しげに散っていった。
 「いえ、本当にきれいでした。ありがとうございます」
 「そう言ってもらえると…嬉しいけどさ…」
 男にきれいとか言うなよ?なんて小さな声が聞こえた。
 あ。
 撫でるようにそよいだ風が、甘い香りをコンラートに届ける。それを捕まえるように、思わずコンラートは有利の肩をつかんだ。
 「なに?」
 「まだかかりますか?」
 「もうちょっと」
 手の力を緩めると、有利の手がまた動き出す。いたずらをするように甘い香りがコンラートの鼻先をくすぐった。
 「よしっ」
 顔を上げると間近に笑顔があった。
 「ありがとうございます」
 「なんの。オレがコンラッドを花まみれにしちゃったんだからさ」
 有利の笑顔が照れたような笑顔に変わる。もっと見てみたくて、思わず頬に手を伸ばした。
 「コンラッド?」
 やわらかい頬を軽く親指で撫でると、その手を上へと登らせて髪に触れる。
 「コンラッ…ド?」
 また有利の顔が赤く色づく。しかしコンラートの手から逃げなかった。髪がコンラートの指から逃げるように流れる。それが惜しくて、何度も撫でるとそのたびに有利の顔の赤みが増した。
 「春になったら…『ハナミ』をしましょう。あの花は咲いてないけど、他にもきれいな花が咲きますから」
 「あ…うん…」
 きっと有利は喜ぶだろう、色とりどりの春を寿ぐ花たちを。美しさを競うように咲く花の中に、彼の笑顔が浮かぶ。そのさまを思うだけで笑みがこぼれた。

 でも、もっとも美しい花は、今この手に触れているものだけど。

−終−


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