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今日からネのつく自由業? 1 | |
血盟城の裏山を越えて、木々が生い茂る中を川口探検隊ばりに突き進むと、うっすらとした霧に包まれた沼地に出る。オレの腹時計が正しければ、血盟城を出発して約3時間、馬から下りて歩き出してからだいたい1時間半ほどの場所だ。 「陛下。危険ですから、足下にお気をつけ下さい」 ギュンターがきりっと引き締まった顔つきで注意するので、オレは足元を見ながら歩いた。さすが湿地、足元の土は粘土のようにちょっと踏むと軽くのめり込む。 「ここが、禁断の沼地?」 禁断と言われるだけあって、昼間なのに霧のせいで薄暗い。大小いくつもの沼が穴のように点在して、その上をどんよりとした空気が漂っていた。 「そうだ、眞魔国の歴史の中で悲劇的伝説をもつ沼地だ。それを軽んじて呪いを受けた者が数多くいる…」 ヴォルフラムが、まるで長兄が乗り移ったかのような低い声でそう告げると、重苦しい空気がかすかな風で揺らいだ。オレ、きもだめしとか嫌いなんだけど。こっそりばれないようにため息をついた。 オレがこの場所のことを知ったのは、午前中の執務中だ。呪いの沼があるんだけど、危険だから偉大なる魔力をもつ魔王になんとかしてほしいという嘆願書が舞い込んだのがきっかけだった。オレがどうにかできるか解らないけど、ともあれ危険なら早くなんとかしなきゃならない。山積み書類をグウェンにまかせ、ギュンターとヴォルフラムにつれてきてもらった。 「そんなやばいんならさー、囲いをするとかした方がいいんじゃない?」 「ところが、呪いを恐れて一向に工事ができないのです」 ギュンターの説明に、ヴォルフが軟弱な…とつぶやいた。でも、誰だって嫌だと思うよ。オレだって呪われたくないし。 「ところで、呪いってどんなのなの?沼地を馬鹿にした者は七日後に死ぬとか?」 「それが、さっぱり解らないのです…」 ギュンターは麗しい眉を小さくひそめて答えた。わからない? 「わからないけど、呪われているの?」 「なにせ、この沼の呪いを受けた最後の者は、第十四代フォンウィンコット・ブリッタニー陛下の御代でして」 オレが27代目だからかるく13代前になる。そりゃまたずいぶん昔の話だ。 「残された文献も『恐るべき呪いを受ける者と、それを見た者はみな一様に恐れおののき、口を閉ざす。ただ真実を見抜く者のみがその呪いを解く』とだけしか記されてないのです」 真実を見抜く者だけが呪いを解く?なんじゃそりゃ?大昔からのどんなものか解らない呪いをなんとかしてくれって言われても…あれ? 「ちょっと待って、最後に呪われたのが13代前の魔王で、その間は平気だったのになんで今ごろ?」 そーだよ。今まで平気だったのに、なんで今になってなんとかしてくれーなんて言うんだ? 「この辺りは呪いを恐れて、秘境と化しておりましたが、近年貴重な薬草が群生していることが判り、注目されているのです」 「はぁ…」 「つまり、安心して薬草を採取するためにユーリになんとかしろというのか?!」 オレの隣で黙って聞いていたヴォルフが、噴火寸前な顔になる。大声は噴火のサイン。オレは大声から避けるように身を引いてヴォルフの後ろへと回った。沼をのぞき込むと、どんよりと濁った色の上にうっすらとオレが映っている。たしかに呪われそうな色あい。 「群生しているのは、万病に効くとされるウズウズキューメイガンです」 救命丸?腹下しに効くアレ? 「なっ?!ウズウズキューメイガンだと?!!」 ヴォルフが目を大きく見開いて、さらに大きくギュンターの方へと振り向いた。腰にぶら下げていた剣の鞘がオレの膝裏にがつっと食い込んだ。 「ぅわっ…!」 「陛下!!」 いわゆる「ひざかっくん」な状態で体がバランスを崩して傾く。踏ん張ろうとした瞬間、ぬかるんだ足下が地滑りを起こした。 「ユーリ!!」 ばしゃん!! 背中から沼に落ちたオレは、手を動かして上に上がろうとしたが、簡単に水上に上がれない。この沼ってそんなに深いわけ?!体が持ち上がり、やっと薄い光に手が届いて浮き上がる。まず顔をつきだして酸素を肺いっぱいに吸い込んだ。 「へい…か…」 弱々しい声がオレを呼ぶ。ギュンター、大丈夫だよ。しかし、岸のそばに落ちた割に流されたのか?ずいぶん離れたところに浮き上がったな。 なんとか岸について、登ろうとすると結構な高さから落ちたことが判った。地面からちょっとしたに水面が広がっていたと思ったのに、50センチくらいはある。 「ユーリ?!そのナリは一体…」 岸の地面に手を伸ばして上がろうとすると、ヴォルフがオレを引き揚げた。見かけによらず82歳の美少年は力持ち…え?ヴォルフはオレを持ち上げて、顔の高さまで引き揚げた。 「その青い魔石…お前…ユーリ…なのか?」 な、なななんでお前そんなに力持ち?!というか顔もからだもでかい。なんで?! いきなり怪獣のようにでかくなったヴォルフの横から、さらにでかいギュンターが真っ青な顔をつきだした。 「へ、陛下?我々が判ります?」 判るって。それよりなんでみんなでかいんだ? 「あぁ…眞王陛下は私の陛下への愛をお試しなのでしょうか?…麗しい鳴き声ですが、私の耳にはめえめえとしか…」 ギュンターはみるみる目を潤ませてゆく。 「どさくさに紛れてなにを言っているギュンター!!」 「では、あなたは陛下がなにを仰っているかわかるのですか?」 「っ…それは!ともかく!ユーリを元に戻すことが先決だろうっ」 「それはそうですね…まさか呪いがこのようなものとは…」 おーい、オレはいつまでぶらさげられているんだー? 「陛下がなにか仰ってますよ」 「しかし意志の疎通が…そうだ、ユーリ。僕の言うことが判ったら頷け」 おう。 「あぁ…やはり陛下なのですね」 だからそうだって。というか、一体オレはなにがどうなっているんだ?とりあえずちっちゃくなったらしい。どうもみんながでかくなったというより、オレが縮んだんだよな?育ち盛りの青少年としては、非常にイヤなんだけど、どうやら事実らしい。それでもって、さっきからオレの言葉はスルーされちゃっているところを見ると、ギュンター達にはオレの声は聞こえないようだった。 「ユーリ、落ち着いて見ろよ」 ヴォルフがオレを抱きかかえて、水際に立つと沼をのぞき込んだ。水面は濁ってはいるものの、うっすらと金髪の美少年と青い魔石を首にぶら下げた黒猫が映る。 黒猫? 「お前は猫になっているんだ」 ねこぉぉ~?! かつかつかつ…。ものすごい勢いで靴音が鳴っている。まるで秒針並。ヴォルフとギュンターは、ものすごく息のあったリズムとテンポで血盟城の廊下を二人三脚ができる勢いで歩いていた。 「ヴォルフラムっ!いいかげん代わりなさいっ!」 「い・や・だ!ユーリは僕の婚約者だぞっ」 「それがどうしたというのですっ!先ほどから陛下がぐったりされているじゃありませんかっ」 「それは、お前がうるさいからだろう!ギュンター!」 ふたりともうるさいからだ! これだけ息が合っているのに、意見はまるで合わない。二人はどっちがオレを抱いて戻るかでもめにもめて、交互に抱いているのだ。自分で歩かないから最初はラクチンだったけど、ぎゃーぎゃーうるさいし、始終触られているようなものだから落ち着かないし。世間のペットの猫もこんな気持ちなのか? あのさ、オレ、トイレに行きたいんだけど…。 「ほらっ!陛下の声が弱々しい…代わりなさいヴォルフラム」 「お前が黙ればユーリは元気になるっ」 「そのように強く抱えては、陛下がお苦しみになられますっ」 だー!!!!もう我慢の限界っ! オレは、身をよじってヴォルフラムの腕からするりと抜けると、床に飛び降りた。体が人間のときより軽くてどんな高いところも平気な感じだ。 「あ、コラ!ユーリ!!」 「陛下ー!!」 いつもより広い廊下を走り抜けて、角を曲がると庭が見えた。ぴょんとそこへ飛び降りて小さな植え込みに隠れる。立ちションで申し訳ないので、なるべく建物からはなれたところを選んだつもり。 「陛下?へいかぁぁぁ~!!」 「ユーリっ!!どこなんだ?!」 オレを探す二人の声が遠のいてゆくけど、止めるわけにもいかない。ふぅ…すっきりした。 がさっ。 植え込みからでると、オレは廊下へと飛び上がり辺りを見渡した。ギュンターとヴォルフラムの姿も声もない。だいぶはぐれたかな?まぁ、ここは血盟城だし大丈夫だろう。 「きゃあ!」 ゆっくりと歩いて、部屋に行こうとしたら侍女の女の子とぶつかりそうになった。オレもびっくりして飛び退いたけど、さらに反射的に逃げ出した。さっき立ちションした後ろめたさも手伝って、走り出した。 いや、だけどここオレの城なんだよな? ちょっと走り出してから、そのことに気づいて止まった。どこまでも小市民小心者なオレ。一応魔王なんだけどね。むやみに走った上に体のサイズが変わったから、一体どのあたりにいるか見当がつけにくい。ヴォルフラムたちは一体どこに行ったんだ?ゆっくり歩くと、目の前の扉が開いた。 「ん?」 でけー靴。上を見上げると大魔神みたいなグウェンダルが立っていた。いつも見上げるよりもさらにでかくて怖い。いや、まじで大魔神だよ、特に眉間のシワが…ん? グウェンダルがかがみ込むとオレの前に手を出した。ちっちっち…っと、小さく舌を鳴らす。 「どーちまちたか?子猫ちゃん?どこからきたんでちゅか~?」 ぞわっ! たぶん、オレの背中の毛はぶわっと立っているに違いない。グウェンダルのいつもの威厳ある声が甘く…しかも幼児言葉なのだ。総毛立たないヤツがいるだろうか、いやいない! 「こわくないでちゅよ~」 こわいって!それ!グウェンダルは硬直したオレをひょいと抱き上げてやさしく撫でた。あ、ちょっと気持ちいいかも。 「今、ミルクをあげまちゅからね~」 …やっぱイヤかも。グウェンダルは見たこともないほどとろけた顔で、いつも深く刻み込まれたシワは、かつてないほどなくなっていた。 →2 |