今日からネのつく自由業? 3



 コンラッドの部屋は、今までも何度か入ったことがある。だいたいオレんちのリビングよりちょっと広いくらいの大きさだったが、今のオレには結構でかい。つーことは、この姿ならあの狭っくるしいオレの部屋も結構ゆとりがあるかもしれない。とは言っても、この姿じゃ帰っても家族に捨て猫と勘違いされるのがオチだけど。
 オレの目の前では、コンラッドが洗面台の下のところにオレのトイレを作っている。大きめの容器にネコ砂をざっと入れて終えて、コンラッドが振り返った。
 「トイレはここに作ったから…本当に言葉が解るのか?」
 オレは頷いてみせた。それを見たコンラッドは困ったような顔で、オレの頭をなでる。そりゃそうだよな、魔族語がわかるネコだって言われても、見た目には普通のネコ。それに話しかけるコンラッドは、見た目変な男にしか見えない。
さっき、アニシナさんはオレのことを言葉がわかる新種の珍獣だと説明した。それもかなり強引に。
 「新種な上に珍獣ということで保護が求められるのです。そこでウェラー卿、護衛ができてかつ、動物の面倒を見ることが出来る気配りを持ち合わせた貴方に白羽の矢がささったのです」
 そりゃ痛い。指名されたコンラッドは、まるでドラフト会議で希望の球団に指名されなかった選手のように不満そうだった。
 「ネコの世話なら、グウェンダルの方が適任だろう」
 「いいえ。グウェンに任せるわけにはいきません。執務と平行してネコの世話をさせるのですか?」
 「じゃあ、ヴォルフラムに…」
 「侍女や臣下に面倒を見てもらって育った者が、細やかに動物の面倒などみれると?なにせ現在、世界に一頭なのですよ」
 「では、ギュン…」
 「ギュンターも無理ですよ。執務がたまってますからね」
 アニシナさんは、コンラッドに皆まで言わさなかった。だけど、コンラッドも引き下がらなかった。
 「陛下があちらの世界に戻られている時ならともかく、こちらにいる間は陛下の警護が俺の仕事だ」
 「それはもちろん。しかし、あなたにこの…ネコの面倒を見るようにと陛下が命じた以上、それがあなたの仕事でしょう」
 命じてない、命じてない。しかし、今やコンラッドが最後の頼みの綱。呪いだからお札か?まさに切り札だし。
 「もはやお前しかいないのだ」
 「しゃくな話だが…お前が最後の希望だ」
 「そうです。眞魔国を救うと思って!」
 「なんでネコの世話が…」
 「「「頼む」」」
 グウェンダルやヴォルフラム、ギュンターにも説得されて、コンラッドはため息をつきながらミッション・インポッシブルじみた命令を引き受けた。みんなの異様な声援を受けつつ、コンラッドはグウェンダル渡されたネコグッズとオレを抱えて、とりあえず自分の部屋に戻ってきた。
 コンラッドは何度目かのため息をついて、ぶらさげていた剣をおろす。ゆっくりと窓へに近づくと、外を眺めていた。なにをみているのか気になって、オレは近づいてみた。高く見上げるコンラッドは真摯な顔つきで、一点を見つめている。しかし、窓にはオレが飛び乗るほどのスペースがなく、ただ真剣な顔つきのコンラッドを見つめるしかなかった。
 オレの視線に気づいたのか、コンラッドがオレの方を見た。
 「どうした?」
 コンラッドはわざわざしゃがんで、軽くオレの頭を撫でる。普段の時もだけど、コンラッドに髪を撫でられるのは結構好きだ。これは人間の時とかわらないと思ったら、自然と喉が鳴った。オレ、まさにネコ。
 「お前も撫でられるのが好きなのか?」
 コンラッドはひょいとオレを抱き上げる。
 お前も?って誰?
 「思えば双黒なところも一緒だな。あれ?」
 コンラッドは、オレの首にぶら下がっている青い石に気が付いた。
 「これ…俺が陛下にあげた……陛下からもらったのか?」
 ふるふるふるふる…。ちがう、コンラッドにもらって、ずっと持ってたモノ!
 「ちがう?おかしいな…」
 コンラッドは慌てるオレの頭を撫でる。とっても気持ちいいんだけど、気づいてくれ。オレはここにいるんだ。
 しかし気持ちよさに逆らえず、喉まで鳴らしていると、コンラッドの撫でていた手の動きがゆっくりと鈍る。見るとコンラッドは窓の外を見つめていた。その方向に目を向けると、森の中の高台に石造りの建物がひとつ建っていた。眞王廟を見ていたのか…。
 「ん?あそこが見える?あの建物に俺の…大切な人がいるんだ」
 大切な人って…オレのこと?アニシナさんの嘘を信じているコンラッドは、居もしないオレのことを思って見ていたのか…ちょっと感動。
 照れくさいけど、ストレートなコンラッドの言葉はいつだってオレの心を熱くする。
 「そんなに帰りたかったとは…」
 あ、それ、ちょっと違うって。帰りたいことは帰りたいんだけど、アニシナさんが言ったのは嘘で…。
 「なにか気にならないことでも…昨日も元気だったし、夜だって朝まであんなに…」
 をいっ!それは!コンラッドが元気だからだろ!
 おもわず、コンラッドの口に手をのばしたが、顎のところしかとどかない。
 「ん?なぐさめてくれているのか?」
 ちげーよ、そのたわけたことを言う口を塞ぎたかったの!だいたいなぁ、1ラウンド平均5回って言うのは、多いっつーの!K−1だって3ラウンドなのに、お前と来たら!
 「めえめえ言われても…さすがにネコ語はわからないからなぁ…」
 コンラッドはお礼とばかりに、オレを撫でる。ふいに撫でていた手が止まった。見るとコンラッドが人差し指を口に当てている。静かにと声もなく唇が動く。
 コンラッドはオレを抱えたまま、そっと音も立てずにドアに近づいて勢いよく開いた。
 「ぅわっ!」
 ヴォルフラムとギュンターが勢いよく転がり込む。どうやらドアの外で立ち聞きしていたらしい。律儀にふたりとも手にコップなぞ持っている。
 「なにしているんだ?ふたりとも」
 コンラッドがあきれ顔でふたりを出迎える。
 「いや、その…ど、動物の面倒などみたことのないお前がユ…ネコの面倒などみれるのかと思ってな!」
 「その…ネコは大変貴重でして、なにか不測の事態など起こってないかと…」
 二人はしどろもどろな言い訳をコンラッドに告げる。オレの行く末を心配してくれたことはありがたいんだけど、ハタからみたら男の部屋の中を立ち聞きしているただの変態だから。
 「心配してくれてありがたいけど、馬の面倒を見てきたから動物の面倒はだいたい判るよ。それよりギュンター」
 立ち聞きしたのに偉そうなヴォルフラムに礼を言いながら、コンラッドはギュンターに向き直った。
 「陛下はなぜ突然帰ると言い出したんだ?」
 「いや…それは…」
 「なにかお気に障るようなことでも?」
 「そんなことはない」
 うまく言い訳できないギュンターをさえぎって、ヴォルフラムが口を開いた。
 「残してきた者を心配しているのだろう…たぶん」
 つまらないことでも言うように、ヴォルフラムはぽつりと答えた。どこか寂しげでどこかすねるような顔つきだ。コンラッドはそうかと短く答えると、オレを優しく撫でた。
 たしかに家族になにも言わないで来てしまった。以前、ヴォルフラムに覚悟がないのかと言われたが、その通りだ。オレは、いつでも帰れるって思ってた。学校に行くように、球場に行くように、行ったらまた家に帰れるって無条件に思っていた。
 もし、もう会えないって思っていたら…なんて言ってただろう?今、そう考えてもとっさに言葉が浮かばない。第一、ネコになったこの身ではなにも伝えられないけど。遠くにいる家族どころか、今のオレは、そばにいる人にさえオレは満足に話すこともできない。
 「コンラッド」
 ギュンターが真剣な面もちで、コンラッドに向き直った。
 「アニシナから預かった物です。『必ず役に立つ』のだそうで…」
 へ?やっぱりアニシナさんってドラえもん?
 「魔動の発明品だったら、俺には…」
 そっと手渡された物は、真っ赤な…ねこじゃらしだった。
 「…この稲穂みたいな物は?」
 「なんだ知らないのか?」
 ヴォルフラムが突然胸を張って割り込んできた。
 「これはネコと遊ぶためのネコジャラシー君だ」
 ギュンターの手からヴォルフラムがねこじゃらしを奪うと、オレの前でゆらゆら揺らす。すると体の奥からものすごい衝動がわきあがった。
 こ、この感覚はなんだ?ゆらぐ穂先に目を奪われて、オレは本能のままに動いた。
 ひょい。
 赤い穂先がオレの黒い右手ならぬ前足から逃げる。
 「ものすごく興味津々だな」
 「このようにしてネコと遊ぶためのものだ」
 オレをネコ扱いするなー!



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