今日からネのつく自由業? 4 | |
も、もー…だめだぁ…。 オレは倒れ込むように、ベッドの上で体を横たえた。眞魔国でこんなに疲労困憊になるのは、コンラッドと…した時以外では初めての体験かもしれない。 うぉ、初体験。かなりイケナイ響きだ。体験したことを全然色っぽくないけどな。だいたい人として生きていて、ねこじゃらしで遊ばれることはそうはないだろう。いや、ないか。 猫じゃらしを手にしたヴォルフラムの手に翻弄されたオレは、誘惑に駆られて1時間ものあいだ赤い稲穂を追い続けてしまった。 「さすがに疲れたみたいだな」 ぐったりしているオレをのぞき込むように、コンラッドが苦笑している。心配したギュンターがヴォルフラムを止めなかったら、もうしばらくは猫じゃらし地獄だったところだ。ベッドの上は、夕方のひんやりとした空気を吸って、ほどよく気持ちいい。それが走りまわって火照った体の熱をぐんぐん散らしてゆく。ばくばくと文句を言うのように早鐘を打っていた心臓も次第に静かになった。 も〜…オレってばナニしてるんだか…。コンラッドに「オレ」だって気づいてもらえないと戻んないのに。 寂しいくらい広いベッドに違和感を覚えたオレは、顔を上げた。いつもオレがベッドに座れば、必ずコンラッドも傍に座る。まぁ…そのままなだれこんだり、たわいもないハナシしたりも…する。たまにだけど。 だーかーらっ、あんまりくっつくなって! そんな遠慮せずに。寒くないですか? とろけるような笑顔っていうか、とろけた笑顔が妙に懐かしい。それ全部オレのだって、思うのがくすぐったくて、いつも逃げてた。でも、逃げ回っても最後にコンラッドの腕につかまるのも幸せだった。つい昨日までそんなことを当たり前のようにしていたのに。 顔を上げてみれば、コンラッドは窓辺で遠くを見つめていた。 コンラッド。 オレの呼びかけにも微動だにしないで、コンラッドは窓の外を見つめている。そっか…何を言ってもめぇとしか聞こえないんだった。いつもオレが呼ぶと、嬉しそうに見つめてくれることも今はない。 オレは頭をベッドに戻して、ただ寂しそうなコンラッドの横顔を見つめていた。 オレの朝はコンラッドの声で始まる…んだけど、今朝は自発的に起きた。ベッドが大きく揺れたような気がして、ばっちり目が覚めた。まだ薄暗い中でコンラッドがベッドを降りるところで、ぼんやりとそれを眺めていたら寝惚けもむくみもないさわやかな顔でオレに気づいた。 「起こしちゃったか…ごめんよ」 すまなそうにそう言うと、コンラッドは素早く身支度を整える。オレもネコになったとはいえ、体についた習慣は抜けないらしく、早朝にもかかわらずばっちりと目が覚めた。ネコになってラクになったのは、着替えをしなくてすむところ。体を軽く伸ばして顔を軽く手でなでればいっちょあがりだ。 ベッドから床に飛び降りると、ちょっぴり朝の冷気が体を撫でる。ぶるっと震える体を動かしてドアの前に立った。目の前にそびえるドアはまさに壁。さらに上のほうにある取っ手には確実に手は届かない。とりあえず振り返ると、コンラッドの姿を洗面台の前に見つけて、オレは声をかけた。 コンラッド、開けてくんない? 「ん?どうした?」 顔を洗ったばかりのコンラッドは、上着を着ながらオレに歩みよる。えぇっと、こーゆー時ってネコは…。ウチの犬も外に出たいときの姿を思い出しながら、オレは、手でかりかりとドアと掻いてみせた。 「もしかして、外に出たいのか?」 そう! やったぜ、ボディーランゲジ!万国共通どころか異世界でも通じたぜ!オレが大きく頷いたのを見たコンラッドが、ドアを開ける。 「ギュンターから『ひとりで外に出すな』と言われているんだが…」 心配性のギュンターはオレを孫のごとく心配している。誰も魔王がネコになっているとは思わないと思うよ?命とか狙われる危険はかなり低いはずだ。ただし、黒猫はこっちではめずらしいみたいだから、ペットブローカーには狙われるかもしれない。やっぱ危険か。 廊下に出たオレは、困り顔のコンラッド前に座って前足をあげて動かした。まさに招き猫なかんじで。 「来いっということか?」 そう。 オレは頷いて走り出した。後ろからコンラッドの慌てた声がすると足音がオレを追いかけてきた。よしよし。 「どこに行くのかな?」 いつものところだよ! オレのはきっと届かないけど、コンラッドにそう言うと、いつものように朝のロードワークに出かけた。ネコになっても、やはり魔王は体が資本。 オレはまだ夜露をたたえた葉っぱが眠っているかのように静かなところを駆け抜けた。茂みの奥では、寝息のように虫がわずかな声で鳴いている。いつもより、ちょっぴり早いロードワークになったけど、朝のすがすがしい空気は変わらない。 いや〜、やっぱ朝練はいいね! いつもの道を走りきって、血盟城の中庭に戻って振り返ると怪訝な顔つきのコンラッドがいた。 「…なぜ、お前がこの道を知っているんだ?」 へ? コンラッドはしゃがみ込むと真剣な顔で続けた。 「この道は、途中で本道からはずれて茂みにつくられた仮道に入る。普通の者もあまり知らない道筋だ。保護されたばかりのお前が、なぜ陛下が毎朝走るところを知っているんだ?」 …だって、毎朝一緒に走ってるじゃん。 「めぇと言われてもなぁ…」 オレに尋ねるのを諦めるように、コンラッドはため息をついて立ち上がった。そこから見上げるように遠くを見つめる。視線の先には血盟城の回廊の片隅しかなかったが、オレには判った。 その向こうには眞王廟があるにちがいない。というか、コンラッドには眞王廟が見えるのかもしれない。 ←3 →5 |