今日からネのつく自由業? 5



 「閣下、おはようございます」
 鈴を転がすようなかわいらしい声がした。見れば本当にかわいいメイド姿の女の子がコンラッドに微笑んでいる。どっかで見たことがあるような…って血盟城にいる上に、エプロン着用の女の子なんだから、城内で会っているはずだ。
 「おはよう、エーフェ。早いね」
 「閣下こそ。わたくし達は仕事ですから」
 親しげに朝の挨拶を交わし、にっこりと微笑みあう二人…ってなんだ?なんだ?この雰囲気は!なんともさわやかな朝にぴったりなこのさわやか〜な雰囲気はナニ?
 困惑するオレを無視して、エーフェさんは不思議そうにあたりを見回して、またコンラッドに話しかけた。
 「今朝は陛下とご一緒ではないのですか?」
 「あぁ。陛下は今、血盟城にはいらっしゃらないからね」
 エーフェさんはその言葉を聞くとパッと顔をほころばせて、コンラッドの傍によってきた。あの〜…オレの不在がそんなに嬉しいのはナゼですか?
 「あの…閣下、お時間をいただけませんか?」
 手を祈るように組み、目を輝かせる姿はまるで恋する乙女…って、コイ?!
 「またかい?」
 コンラッドはちょっと苦笑気味だ。ナニナニ?またってことは前もあったってこと?足下にいるオレをさしおいて、コンラッド!オレの知らないところで、一体ナニしているワケ?!
 「困ったな…」
 「ダメ…ですか?」
 心なしか目を潤ませてエーフェさんは、コンラッドを見つめた。こんなかわいい女の子にとびきり切ない顔されたら、大抵の男はオチると思う。オレはさとう珠●にオチる男の心理がわかる気がした。
 「仕方ないな…」
 しかも、コンラッドもそのひとりだった。エーフェさんは天使のごとき輝く笑顔でお礼を言うと、コンラッドの足下にいるオレに初めて気が付いた。
 「あら?」
 …つまり、コンラッドのことしか見えてなかったってことだ……ふーん…まぁいいけどさぁ〜。
 ちょっぴり毛が逆立ってきたオレをコンラッドが抱え上げる。
 「まぁ…かわいいネコですね。きれいな黒毛…まるで陛下のよう」
 まるで、じゃなくてここの魔王なんだけどね。こんなかわいい女の子にとびきりの笑顔で褒められても、なんかちょっと嬉しくない。
 「陛下のご命令で面倒をみているんだが…めずらしく警戒しているみたいだ」
 べっつにー?警戒なんてしてないけど?
 オレをなだめるようにコンラッドが顎の下を撫でる。あ、そこは反則だぞ。
 「閣下になついているんですね…あ、いけない。戻らないと…それでは後でお部屋にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
 どこまでもかわいいエーフェさんは、首を小さくかしげてコンラッドに尋ねる。
 「いいよ」
 いつものように爽やかな笑顔でコンラッドが答えると、エーフェさんは満足げな笑顔で再びお礼を言って、廊下へと戻っていった。
 見上げれば、コンラッドはエーフェさんが消えた廊下の端を見つめている。
 …あのさ、アンタがもてるっつーことは、オレだって判っているけどね。判っているってことと、理解しているということは違うワケで、それでもってオレのいないところで一体ナニをしているワケ?そりゃー、あんなかわいい女の子に「つきあって、お願いv」って言われたら、思わず「はい」って言いたくなる男のサガってやつはわかるけど、やっぱり判るってことと、理解していることとさらに了解しているってこととは違うんだけどっ!
 「ん?どうしたんだ?」
 どーもこーもないだろうがっ!
 「お腹でもすいたのか?」
 むかっ。
 オレは、ちょっぴりだけ爪をたててコンラッドの顔に平手でパンチしてやった。
 「いてっ」
 コンラッドがひるんだ隙に腕の中から地面へと飛び降りる。なんというか、ものすっごく今はこの腕の中にいるのも癪だった。
 「突然どうしたんだ?」
 コンラッドのバーカっ!
 慌てるコンラッドの声が後ろから追いかけるように聞こえたけど、オレは走り出した。広い廊下を一目散に走り抜ければ、この嫌な気持ちが振り払えるような気がした。とりあえず、にやけた顔が見えなきゃいい。
 いつもは大好きだけど、誰にでも優しいあの笑顔が今はなぜか無性に腹立たしかった。



 まぁ…だからって、いついつまでも走っているなんてことは無理なんだけどね。
 オレはなだらかな肩を上下にぜいぜいと揺らして、廊下のはしっこでへたり込んだ。もはやどこを走ってきたのか判らない。それにしても腹減った…。ご飯食べてから飛び出すべきだったかもしれない。
 ネコになっても腹は鳴る。乾いた音が絨毯の上に広がった。それが合図だったかのように、間近にあったドアが開いた。
 「…またか」
 グウェンダル!
 「どうしてこんなところで…コンラッドはどうしたんだ?ん?」
 朝からしっぶい顔つきのグウェンダルはオレを抱き上げると、大きな手でやさしくオレを撫でる。
 きゅぅぅぅ〜。
 も、申し訳ない。実はものすごく腹減ってて…。
 「もしかして、お腹が減っているのか?」
 そう!
 オレは思いっきり首を縦に振った。グウェンダルは、仕方ないなと呟くと、そのままオレを抱えて廊下を歩きだした。
 楽チンなのはいいんだけど、どこ行くの?
 「もう少し待て」
 グウェンダルは大きな手を動かして、オレの耳の裏を掻いた。あ、そこ気持ちいいかも。 見晴らしのいいグウェンダルの腕の中で、オレは彼の目的地を知った。
 扉を開けてくぐるとそこは食堂だった。温かくておいしそうな香りがオレの胃袋を刺激する。テーブルにはギュンターとヴォルフラムが着いていて………コンラッドは居なかった。
 「コンラートはどうした?」
 「おはようございます、兄上。ユーリ?お前一体どうしたんだ?」
 連れてきてもらったんだよ。
 グウェンダルはオレを末弟に渡すと、扉の外にいる兵士にコンラッドを呼ぶように告げ、さらに小さな浅めの皿を用意するように告げた。
 ほどなくメイドたちが用意した小皿を受け取ると、グウェンダルがパンだのサラダだのを取り集めて小さくちぎったり、切ったりしてからオレの前に差し出す。
 おー、これなら先割れスプーンでなくても食べれるよ。ありがとう!グウェンダル!
 いつもならオレが座る席のテーブルに登って、オレは朝食にありついた。それをすっかり平らげるころ、扉が開いてコンラッドが現れた。
 「…ここにいたのか…」
 コンラッドがオレを見て、大きく息をはいてほっとした顔をした。よく見ると額のはしっこが光っている。
 「…ネコを見失ったんですか?」
 食べ終わったギュンターが意外そうに話しかけた。
 「突然走り出して後を追ったんだが見失ってしまった。あちこち捜したんだが…一体どこにいたんだ?」
 コンラッドの手の甲がオレの顔を撫でた。
 「私の部屋の前で空腹で倒れてた」
 グウェンダルがようやく口を開いた。先割れスプーンを優雅に動かしながら、卵を食べている。
 「助かった、ありがとう。コイツになにかあったら、陛下に申し訳がたたない」
 「申し訳どころではない」
 コンラッドの言葉にかみつくようにヴォルフラムが立ち上がった。
 「なにがあって走り出しかは判らないが、きちんと面倒を見れると僕に言ったのは嘘だったのか?」
 「すまない…」
 「ならば、きちんと護れ」
 違う。
 違うよ、ヴォルフラム。
 コンラッドは少しも悪くない…………ちょっとは悪いかもしれないけど。
 オレだって判らないのに、コンラッドは汗をかくくらい探し回ってくれた。勝手にムカついて走り出したネコのために。
 コンラッドが責められる理由はない。だからって、さっきのことがなしになるとか、そんなことないけど。コンラッドが誰かに責められるのはイヤだった。
 オレの目の前にある見慣れた手。いつもオレを守ってくれて、オレを求めるふしばった指に頭をこすりつけた。
 ゴメン…。
 そんなオレを見て、グウェンダルがため息を漏らした。
 「とりあえず食べろ、コンラート。それと今後は気を付けろ」
 「はっ」
 コンラッドは背筋をただして返事をすると、いつもの席についた。



←4
→6


↓管理人へ一言↓
  





template : A Moveable Feast