死せる世界の涯で 7



 ガラス越しの日差しが、固まったように伸ばされた足に降り注いで慰めるように温める。オレがベッドに寝っ転がっているのが嫌だと言ったら、窓辺に長いすを置かれて座らされた。オレのデジアナGショックによると、座ってから軽く1時間くらいは経っている。
 ようやく静かになって、オレはぼんやりと外を眺めていた。誰もいなくなった部屋の中は、いつもより広く感じる。最初看病すると言っていたギュンターは、執務をするためグウェンダルに引っ張られて行った。
 「へ、へ、へいくわぁぁ〜…」
 ドナドナの歌が合いそうなくらい涙に濡れた姿が恐かった。ヴォルフラムもあれで仕事があるらしく、今はそばにいない。眩しいくらい輝く白い包帯にさっと影ができて、オレは顔を上げた。窓の外をゆっくりとエンギワル鳥が横切ってゆく。
 エンギワルーって鳴く声がまたオレを落ち込ませる。ホント縁起悪いよ。
 「…はぁ〜…」
 そりゃあ、野球やってたからこれまでだって結構怪我はしてきた。だけど、それはプレー中だったり練習中だったりしたわけで、納得がいく怪我ってヤツだった。それがどーよ?
 オレってば暗殺されかけて、守られて転けて捻挫。情けなさ過ぎっ!
 その上、一体なんでオレは殺されかけたワケ?それもわからない。あの子と会うのは今日がはじめてで、なにか恨みを買うようなことをした覚えはない。あんな小さな子が、ひとりで乗り込んでくるにはよっぽどの覚悟と理由があるはずだ。
 あの子が兵士に引っ立てられて部屋を出ていくとき、オレは声を掛けようとして言葉を失った。
 なんでオレを殺そうと思ったの?って言おうとした先にあったのは、固い殻に包まれたような覚悟を決めた目。まだ子どもなのに、すべてを諦めたようなそんな顔をしていた。
 はぁ…肺から重い空気をはき出す。
 なんか、最近のオレってみっともない。
 みっともないくらい相手の気持ちとか覚悟とかにオロオロしている。あの子にしても…コンラッドのことにしても。
 聞けば、いいのかもしれない。なのに、オレの声は喉にひっかかって出てこない。
 日に照らされて、ぬくまった膝掛けをオレはぎゅっと握りしめる。
 もし、聞いたらどうなるんだろう?あの子がオレを殺そうとする理由は想像もつかない。
 でも、コンラッドは?
 コンラッドなら、聞けば…答えてくれるかもしれない。
 どこかに行くのか?四六時中オレにくっついてて私生活は大丈夫?って?それとも…。
 ほかにしたいこと、あるんじゃないの?って聞くのか?
 輝く白い包帯眼に痛い。オレはその痛みを隠すように両手で顔を覆った。
 コンラッドがオレの側にいるのは、「護衛」だからだ。あの笑顔がオレに向けられるのは、オレが魔王でオレの名付け親だからだ。
 もし彼がほかにやりたいことがあると言ったら、オレには引き留める権利はない。あの笑顔が他の誰かのために向けられても、あの手が他の誰かを守ることになっても、オレには何も言えない。
 「みっともねー…」
 この年になっても、誰かに傍にいて欲しいと思っている。子どもじゃないんだからと思っても、どっかで捜してしまう。コンラッドを。さっきも足をくじいた時も、コンラッドが傍に来たとき、ほっとした自分がいた。
 こっちに来てからずっと傍にいてくれたコンラッド。オレがおふくろのお腹にいるころからのつながりがあるひと。向こうの世界を知っている唯一の存在だからかもしれない。どんな時でも、さわやかな笑顔でオレを安心させる。
 さっきはちょっと固い表情をしていたけど、いつもみたいに「大丈夫ですよ」って言われて、ものすごく落ち着いた自分がいた。
 そうやって、安心してちゃダメなんだって。コンラッドがずっと傍にいるとは限らないんだから。そう思うと肺の中の空気がこもったように濁って重くなる。
 「はぁ…」
 このやりきれない気持ちごとはき出せたら、どんなにいいだろう。あたたかい手の中にある小さな闇の中でオレはそう願った。
 コンコンと控えめにドアを叩く音がした。オレは顔を覆った両手は離して返事をすると、扉が開いてコンラッドが入ってきた。その姿を見て、どくんとオレの心臓が跳ねる。
 「おとなしくされてますね、陛下」
 コンラッドは穏やかな笑顔をオレに近づいてくる。
 「へ、陛下って呼ぶな、名付け親っ」
 「すみません、ついクセで」
 どこまでも爽やかにそう答えると、コンラッドの目がオレの白い足にそそがれた後、膝を折って、深く頭を垂れる。
 「オレの不手際で捻挫させてしまい、申し訳ございません」
 「いいって…頭上げろよ、コンラッド。そんなことするなよ」
 オレはコンラッドの肩を掴んで、ぐいっと引き揚げた。さっきまではどこか固くて不安定な様子だった琥珀色の瞳は、今はいつものように穏やかな輝きをたたえている。
 「オレのこと守ってくれたんだろ?おかげでオレは無事なんだし…まぁ、足は一ヶ月もすれば治るってギーゼラも言ってたし。大丈夫」
 大丈夫ってところは、コンラッドがするみたいにオレは笑って見せた。オレがいつもコンラッドからもらう温かい気持ちみたいなものが届くように。
 「ありがとうございます」
 コンラッドは、小さく微笑むとそう言って、もう一度包帯で巻かれた足を見た。
 「おわびと言ってはなんですが、ちょっと気分転換をしませんか?」
 ここに座っているのにも飽きたんじゃありませんか?そう言うと、コンラッドは肩をすくめた。
 たしかに飽きた…。というか、じっとしていると自分がものすごくみじめな考えに浸食されるような気がする。
 「たしかに飽きたけど…どーすんの?さすがにキャッチボールとかできないし」
 「気分転換の王道はやはり『散歩』ですよ、ユーリ」
 コンラッドはにっこりと微笑んで、オレを担いだ。足を痛めたオレのためとはいえ、お姫様だっこはヤメテくれー!!


 「ノーカンティ、『伏せ』」
 コンラッドの声を聞いたノーカンティは、ゆっくりとした調子で地面に座った。
 「すげー…ひょっとしたらウチの犬より賢いよ。ノーカンティ」
 オレを抱きかかえたコンラッドは、ゆっくりとノーカンティの背にオレを乗せた。オレんちの犬は、お手と言ったら最初頭を手に乗せたぞ。手を伸ばして、オレはノーカンティを撫でた。
 「それは嬉しいな、ノーカンティ。ユーリ、そのままノーカンティの首にしがみついていて下さい。立ち上がりますから」
 「お、おう」
 オレがぎゅっと馬の首にしがみついたのを確認すると、コンラッドが「立て」と短く告げた。ノーカンティは、ゆっくりとした動作で背中に乗っているオレをものともせずに立ち上がる。
 「もう平気ですよ」
 「しがみついてゴメンな、ノーカンティ。ありがとう」
 そう言って彼女の首筋を撫でると、どうってことないと言わんばかりに、ノーカンティが鼻を軽く鳴らした。
 「それでは出発しましょう」
 コンラッドがノーカンティに乗ると、彼女の蹄がのんびりとした調子で大地をかむ音が響く。
 「出発って…どこ行くんだ?」
 「ちょっと遠いですけど、景色のいい場所があるんです。そこへ」
 オレはコンラッドの肩に手を副えて軽く服を掴んだ。ちょっと重いダウンジャケットの袖からむき出しになった手の甲を太陽が小さく温めた。フードを深く被った頭を上げると、ノーカンティは城門をくぐって、町の方へと歩き出した。
 「ユーリ、顔を隠して下さい」
 「わかった」
 今回は髪を染めたり、色つきコンタクトをしていない。今のところこの国で双黒なのは魔王であるオレだけだ。
 お忍びはやはり身分を隠すのが鉄則。足がこんなんじゃなけりゃ、もっと「お忍び」を楽しめるんだけどね。にぎやかな町のメインストリートを抜けると、大きな街道にぶつかった。さすがにそこまででると人気が町中よりもぐっと減る。
 「コンラッド…顔上げてもいい?」
 せっかくの「散歩」なんだから、景色を楽しみたい。町中じゃさすがにまずいと思ったけど、人気が減った今ならいいはずだ。
 コンラッドが小さく微笑む気配がした。
 「いいですよ。せっかくだから血盟城の外の景色を楽しんで下さい。ただし、頭巾は取らないで下さいね」
 ずきん?!…ああフードのことね。オレはコンラッドの背中から顔を上げた。
 「けっこう花が咲いてる」
 収穫が終わった田園地帯は、ちょっと寂しいような風景だ。そこにひっそりと道に沿うように小さな花が咲いている。黄色の小さな花が、風に揺れて踊っているみたいだ。
 「冬でも意外と花が咲きますよ。この道に結構咲いてます」
 ノーカンティの蹄がのんびりと大地を咬んで、ゆっくりとしたリズムを刻む。
 「ギュンターたちになにも言わなかったけど、大丈夫かな?」
 「ああ、それならグウェンダルに言っておきましたから大丈夫ですよ」
 「グウェンダル…何も言ってなかった?」
 眉間にシワよせて嫌がりそうな気がするんだけど。
 「どうかしましたか?」
 「いや…ホラ。執務させちゃってるのに、オレは出かけてるワケだから」
 なるほど、とコンラッドは呟いて、オレを振り返った。
 「それは気にしなくてもいいと思いますよ。むしろ陛下のことを心配していたくらいですから」
 へ?オレのこと?
 「『気が滅入っているだろうから連れて行ってやれ』と言ってました」
 「グウェンダルが?さっきギュンターを連行したときは、ものすごく不機嫌だったけど?」
 こう、眉間にふか〜いシワを寄せて。いかめしいっていうの?そんな顔していた。
 「それはギュンターにですよ。グウェンはあまり思ったことを口にしませんからね。でも、あれでとても優しいんですよ」
 そう言って、コンラッドは柔らかく微笑んだ。それはいつもよりも優しい笑顔だった。



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